2017年12月01日

Book Off活用のお勧め

 SOBA中堅社員研修の講師を頼まれて、6月から11月にかけて5回長野市に出かけました。
 研修会場に入る前に、時間の余裕が多少あるので、時間調整をかねてBook Offの店に立ち寄りました。
 9月、10月、11月と3か月連続で古い本を購入しました。理由はその安さと古くても役に立ちそうな内容です。
 1冊108円とか200円で買えるので、108円のものならば3冊買ってもトータル324円、1冊200円のものが混じっても416円で3冊買えます。
 11月に買ったのは2冊の単行本ですが、それぞれ108円でトータル216円。「ならずもの国家アメリカ」と「予測ビジネスで儲ける人びと」です。前者は現在のトランプ大統領のことではなく、ブッシュ・ジュニア大統領のころの話ですが、環境問題に関して日本がアメリカの立場に配慮しながらまとめ上げた「京都議定書」を批准しなかったり、包括的核実験禁止条約を拒否したり、自分に都合の良い時だけ国連を利用し、都合が悪くなると単独行動主義に切り替えるといったことをしてきたわけですが、やっていることはパリ条約を反故にしたトランプ大統領を彷彿とさせるものばかりです。共和党の大統領の時はこんなものなのかと思わずにはいられない内容です。
 後者は「すべての予測は予測はずれに終わる」というサブタイトルがついているのですが、アメリカだけで2,000億ドルの市場規模になるという予測ビジネス産業ですが、言われてみればなるほどと思います。それでも予測本に飛びつきますよね。
 なにはともあれ、216円で1週間読書を楽しめるのですからありがたい話です。
 10月の買った3冊はトータル416円でしたが、これも大いに楽しめました。
 以下はその読後感です。
<購入した書籍名>
(1)前田利家不倒の武将   加来耕三著・ベスト新書34(2002.1)¥108
   かぶき者から偉大な創業者へ
(2)物語アメリカの歴史   猿谷 要著・中公新書1042(1999.10)\108
   超大国の行方
   25年以上前に書かれているので、「東西冷戦の時代」が終わって、パパ・ブッシュ大統領の時代に入ったところで記述が終わっている。その後のクリントン、ブッシュ・ジュニア、オバマ、トランプ各大統領の時代をフォローする必要がある。
(3)松下幸之助と樋口廣太郎  皆木和義著・プレジデント(2000.10)\200
   人間経営の知恵、人を活かす発想  「首切り・リストラを禁じ手」とした二人がなぜ最後に勝利を得たのか?

<各書籍のエッセンスと学んだこと>
3冊ともに古い本ではあるが、今日的に学べることが多い。3冊合計わずか¥416円の投資効果は大きい。
(1) 前田利家不倒の武将
織田信長に傾倒した前田家の四男坊であり、かつかぶき者の武辺者が信長に認められ、信長の命令で長男を差し置いて家督を相続した。
柴田勝家の与力として賤ケ岳の合戦に参加しながら、途中で帰国し勝家を裏切って、結果的に秀吉側についた。裏切りという点では関ケ原の小早川秀秋と同じにもかかわらず、非難を受けていない。
その後秀吉の引き立てで大納言となり、五大老の次席となって秀頼を支えた。死にあったて息子利長を家康に従わせ、加賀100万石を幕末まで維持させるきっかけを与えた。もちろん2代利長,3代利常の懸命なお家維持の努力・徳川との血縁づくりなど多くの努力の結果ではあるが、
徳川幕藩体制下にあって、豊臣恩顧の大名家が次々と取り潰されるなか、最大の大名家を維持した前田家の生き残り策は大いに学ぶ価値がある。
(2) 物語アメリカの歴史
本書のなかで述べられている「日米が対等で仲が良かったことはない」「先進国対後進国、戦勝国対敗戦国というタテの関係の時は友好や蜜月の関係が続く」という指摘はなるほどと腑に落ちる。今の安倍政権のトランプへの服従姿勢は日米関係の蜜月化に間違いなく資するが、戦争のできる国に日本を変え、アメリカの軍需産業を潤わすことが本当に日本のためになるのかどうか、国民はよく考えたほうが良い。
戦後日米関係が悪化した時期は「対等」になりかかった時である。
*集中豪雨的輸出の時期(1973年〜80年)
 オイルショック後米国の大型乗用車が極度の不振に陥った。一方日本の燃費の良い小型乗用車は米国民の強い支持を受け輸出が急増した。
 いわば、成長した息子への父親のコンプレックスである。
*日本に学べの時期(1980年〜85年)
 トーフ,寿司 / デミング博士、リーン生産
*日本異質論から脅威論へ(1985年〜 )

本書を通してよくわかることは、イギリスを筆頭とする欧州系移民がい
かに原住民インディアンを征服し、アジア系移民を圧迫してきたことで
ある。“Go West”は当初はミシシッピー川を越える所を意味したが、や
がて太平洋を渡り、ハワイを征服してアメリカ合衆国に組込み、フィリ
ッピンを植民地にした。日本にも迫り、日米和親条約、日米通商条約を
他国に先駆け一番に締結した。
新興の帝国主義国として中国の利権を得るために英国チャーチル首相と
組んでルーズベルト大統領は日本に開戦を仕掛けた。その罠にみごとに
嵌った日本は「愚か者」と言わざるを得ないが、米国に徹底的に叩きの
めされ、その後唯々諾々と米国に追従したおかげで、今日の日本の平和
と繁栄があるのは歴史の皮肉か。

(3) 松下幸之助と樋口廣太郎
タイトルは松下幸之助と樋口廣太郎となっているが、アサヒビールを再興した樋口廣太郎中心の話である。樋口氏は同じ住友銀行出身でアサヒビールの前任社長村井氏に請われて住友銀行副頭取から転じたが、その背景は最年少で副頭取に昇進しながら、時の頭取、天皇と言われた磯田氏に嫌われ、そこを見抜いた村井氏が磯田氏に頭を下げてもらい受けた人材である。
ネアカ・人好き・感謝の心等多くの美徳を備えた樋口氏は銀行に未練を残さず、アサヒビールの人になりきって、村井氏が土台を築いたコクキレビールを育て、続くスーパードライで大ヒットを飛ばした。素直な心はキリンビール・サッポロビールの社長に挨拶に出向いた折り、アサヒビールの問題点を教わったという。
*コスト優先で「材料が良くない」
*売れないで3か月も店頭に置かれたビールがある
等の指摘を受け、コストより最良の商品・サービスが先だと悟って、それを社内に徹底した。
*ベストの材料を使え
*2週間売れないビールは店から引き取って回収
スーパードライの空前の大ヒットを受け、総額5,600億円の抜本的巨額設備投資を断行するなど常人の社長ではとても決断できない意思決定を行なった。
6年で社長を生え抜きの瀬戸氏にゆずってさわやかに退任し、経済戦略会議議長やニュービジネス協議会の会長を務める。

*念ずれば花開く
*温故創新
*慢心せずに謙虚に人の意見に耳を傾ける姿勢

<ニュービジネスの種は最新のトレンド以外にもありうる>
ニュービジネスのヒントは古いもののなかにもある。
現在のトレンドではない古い既存の業種や業態を調査研究することは非常に重要。
誰もが古いと思っていたものが、切り口を変えることで新鮮に感じられ、格好良く見える。
古いカビの生えたようなビジネス、衰退するビジネス、従来からイメージの悪い業界、そういう分野はねらい目である。

以 上
posted by 木村登志男 at 16:38| 雑感

2017年06月05日

突然の訃報

2017年6月3日

突然の訃報

 元勤務していた会社の秘書室から、先日「役員OB様」宛てのメールが届きました。

 それは、私の元同僚の突然の逝去を知らせる「訃報」のメールでした。

 その元同僚の名前を目にした瞬間、私は愕然とし、驚きを禁じえませんでした。年齢は私と同じ74歳。病気やケガなどとは無縁に思える頑健な男です。そのいかつい顔つきから、シンガポール赴任中に誰がつけたか、あだ名が「ガルーパ」。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、いかつい顔つきの淡水魚で、その白身の肉は実に美味。シンガポールの中華料理では格別の高級魚です。

 ガルーパ氏は豪放磊落。明るく誰からも親しまれる男。膂力にも恵まれ、ゴルフのドライバーを振らせれば、250ヤードほども飛ばすロングヒッターでした。ただし、飛距離は抜群でも、方向性は必ずしも一定せず、時にはOBゾーンに飛んで行ったり、あるいは隣のホールに飛んで行ったりということもありました。

 私が実際に一緒にプレーして目の当たりにしたのは隣のホールに打ち込んだ第1打のボールを第2打では木越えの難しい状況から見事グリーンにパーオン。ただし、そこから3パットして上がりはボギーというご愛敬。
一方、尺取虫のように小刻みで3オンした私は2パットで同じくボギーという手堅さ。
結局、二人とも18ホール終えてみれば、それぞれ紆余曲折、デコボコがあってともに90の同スコアだったということがありました。
 抜群の力量がありながら、ところどころでポカもあって、人を喜ばせる。そういうところが皆に好かれたところだったのかもしれません。

 もちろん仕事面では海外駐在が多く、会社への貢献度は極めて大。立派な役員でした。

 それはさておき、訃報メールに話を戻すと、「急逝されました」と書かれていました。病気療養中などとは聞いたこともなかったですし、昨年の夏に会ったときも相変わらず元気いっぱい。海外も含めてあちこち飛び歩いているとのことでした。

 なぜ急逝されたのか、事情が知りたくて、会社に問い合わせてみました。死因ははっきりしませんでしたが、長野県内に遊びに来ていて、宿泊先で突然死されたとのこと。また別の人からは豪快に飲んだ後、風呂に入ったのがいけなかったのではないかという話もありました。しかし、真相は定かではありません。ただただご冥福をお祈りするばかりです。

 どうも自分では若く元気だと思っていても、身体のほうの老化や劣化は確実に進んでいるのでしょう。

 ガルーパ氏以外にもこれまで親しくさせていただいた友人で60歳代、あるいは70歳そこそこでお亡くなりになった方が何人かいらっしゃいますが、その都度悲しく、残念な思いをしてきました。

 私自身これからどういうことになっていくのか予想もつきませんが、食事と飲酒そして運動には十分配慮しながら、一日一日を大切にしていこうと改めて思っています。
posted by 木村登志男 at 14:55| 雑感